ちょっと紹介特別編

「宇宙エレベーター」って知ってますか?
第4回宇宙エレベーター技術競技会レポート

株式会社 三与建設

代表取締役 三尾祐一


ロケットを使わずに地上と宇宙を往復する新しい輸送機関「宇宙エレベーター」の技術を競う「第4回宇宙エレベーター技術競技会」(JSETEC2012)が8月1~5日、静岡県富士宮市で開かれました。国内の大学などが参加して競い合った一方、いまだ道のりの遠い試みゆえに、実現への課題が見出された大会となりました。
大会運営のお手伝いをしてきましたので、様子をレポートします。

1. 宇宙エレベーターとは?

宇宙エレベーターの基本構造の一例
▲宇宙エレベーターの基本構造の一例

そもそも宇宙エレベーターとは何か? まずはそこから簡単に解説します。宇宙エレベーターは「軌道エレベーター」とも呼ばれ、宇宙に届く紐や支柱を頼りに、エレベーターで人や物資を運ぶシステムです。そのルーツは「ロケットの父」ともいわれるロシアのK. ツィオルコフスキーが19世紀に発表したアイデアまで遡り、これまでに多くの研究者によって構想が発展してきました

NASAによる宇宙エレベーターの想像図
▲NASAによる宇宙エレベーターの
 想像図

私たちの頭上のはるか上空では、多数の人工衛星が地球の周りを周回していて、これらの衛星は地球の重力に引っ張られる力と、周回による遠心力が釣り合うことで高度を保っています。衛星は高度が高いほど必要な速度が低くなり、このうち高度約3万6000kmを周回する衛星は、地球の自転と同じ速さで回っていて、上空の1点に静止しているかのように位置するために「静止衛星」などと呼ばれます。この静止衛星をケーブルなどで地上と結び、昇降システムを取り付けたものが宇宙エレベーターです。

衛星から紐を吊り下ろしただけでは、地上の側が重くなって落ちてしまうため、反対側にも紐を伸ばしてバランスをとり、高度を保ちます。静止衛星と地上をつなげられる強度を持つ素材がなかったため、かつては単なる空想でしたが、1991年に日本で発見されたカーボンナノチューブは、この強度を持ちうる素材として注目を浴びました。宇宙エレベーターは、実現すれば運搬コストがロケットの数百分の一にもなると期待されることから、年々研究が活性化し、日本でも今年2月に大林組が構想を発表しました。

2. 宇宙エレベーター協会とJSETEC概要

JSETEC2012のバルーソ配置図(JSEA資料より)
▲JSETEC2012のバルーソ配置図
 (JSEA資料より)

JSETECを主催する一般社団法人宇宙エレベーター協会(JSEA)(大野修一会長)は2008年、この宇宙エレベーターに関心を持つ有志が集まり、任意団体として発足。翌年一般社団法人化し、現在会員は100名超を数えます。研究発表や活動報告を行う「宇宙エレベーター学会」を毎年開催しており、これに並行して、2009年から「宇宙エレベーター技術競技会(JSETEC)」を実施してきました。

元々は、米Spaceward財団が実施していた大会を、JSEAの誕生を機に日本でも実施しようと始まったものです。

JSETECでは、バルーンから吊り下げた紐(テザー)を宇宙へ届くエレベーターの支柱に見立て、参加者は自作の昇降機械(クライマー)を取り付けて、テザーを昇降させて速さや安定性などを競います。

なぜこのような競技形式になるのか? それは、現在のようなゴンドラを吊り下げるエレベーターでは、とても宇宙へ届く規模のものは不可能であり、宇宙エレベーターはケーブルにしがみついて昇降する、自走式の乗り物が中心になると考えられているからです。この乗り物がクライマーであり、現在は小型の無人機で昇降技術を試すことを目的としています。

開催初年の150mから始まった大会は年々高度を上げ、昨年の大会では約600m、今年はその倍の1200mを計画しました。会場は、昨年から富士山の裾野に設けられた遊砂地「大沢扇状地」の一部を利用。今年の計画では、直径約7mのヘリウムバルーン3個を、3本の係留索で三角錐状に掲揚し、このうち2本を帝人のアラミド繊維テクノーラ製のベルト(幅33~34mm、厚さ2mm)と、東洋紡のポリエチレン繊維ダイニーマ製のロープ(直径11mm)で構成し、それぞれ競技に使用します。かつては遠隔制御が中心でしたが、目標高度が上がったために電波が届かなくなるため、自律制御のクライマーが要求されるようになってきました。

8月1~3日は準備や試走日とし、4,5日両日が競技本番。各クライマーは30分の持ち時間で、機体の取り付け(インストール)から上昇と下降までを行い、搭載したロガーの記録で結果を比較し、(1)上昇速度 (2)ペイロード比 (3)エネルギー効率 (4)制御 (5)設計・製作を評価します。

会場の大沢扇状地
▲会場の大沢扇状地

出場チームは次の通り
1.ベルト部門
阿南高専
神奈川工科大学有志
神奈川大学江上研究室A、B、D
神奈川大学宇宙エレベータープロジェクト
The 4th Laboratoly
チーム奥澤
チームAquarious
日本大学青木研究室B
明星大学山崎研究室

2.ロープ部門
神奈川大学江上研究室C
慶応大・東工大学生有志Team
静岡大学
日本大学青木研究室A
日本大学入江研究室

3. 競技本番

今年は大学の研究室や個人の有志など前述した計16チームが参加し、特色ある個性的なクライマーが多数エントリーしました。特に毎回出場を続ける古参チームの日本大学や神奈川大学は、各大学から複数のチームがエントリー。失敗やトラブルの経験から学習を重ね、回を追うごとにクリティカルな部分のメカニズムに進化が見られます。日大青木研究室Aは、点対称の構造で重心を安定させた上、「ロープ曲げ機構」というシステムを採用したクライマー「Uniii」で挑戦。このシステムによりテザーの滑りを検知すると、機体内に取り込んだテザーを駆動輪の間で屈曲させ、グリップ力を上げて外乱による滑りを制御するとのこと。神奈川大江上研Aの「KSC-VII」は機体のスマート化・軽量化を図ると共に、ステッピングモーターでテザーを挟み込む圧力を調整しながら昇っていける機構を搭載。「テザーの摩擦係数や重力の変化に対応することで、地上から宇宙へ移動できるものを目指す」とプレゼンで力強く語りました。

神奈川大江上研Aの「KSC-VII」 Team 青木Lab. Aの「Uniii」
▲神奈川大江上研Aの「KSC-VII」 ▲Team 青木Lab. Aの「Uniii」

参加者は、テザーを地上で固定しているワインダー(巻き取り機)の真横で、クライマーをテザーに取り付けますが、この作業開始時点で競技時間がスタートします。このため、いかに素早く取り付けるかも勝負どころで、分解したパーツをテザーの周囲で組み立てるタイプ、可動部品で機体を開閉させて挟み込むタイプなど、参加者たちは工夫を凝らした機体を持ち込み、出走準備を整えてスタートさせます。

上昇するクライマーを見上げる参加者たち
▲上昇するクライマーを見上げる参加者たち

バルーンを揚げてそこを目指すという性格上、競技は天候、特に「風任せ」の性格が強いものとなっています。会場は午後から風が強くなることが多く、風向きも頻繁に変わるためにバルーンが風に流され、地面と平行になるまでたるんだり、テザーがねじれたりと、何かと問題が生じます。

常連チームは過去の経験から対策を講じた機体も多かったのですが、バルーンと地上をつなぐテザー全体がたわんでしまうと、機体側の性能ではカバーしきれない限界があります。この結果、競技が頻繁に中断し、条件が整う「風待ち」で待たされることが頻繁にあります。

チームAquariousのトライ。右下はフォーゼのフィギュア
▲チームAquariousのトライ。右下はフォーゼのフィギュア

昨年初出場で、530mを39秒という高速で上昇して優勝した注目株「Aquarious」は、全長1.9mの細長いクライマーで約300mにトライ。「輸送機」を意識しつつ、交換容易な四つのユニットを結合させた機体。重量物を機体中心部に集めてマスの集中化をはかり、配線をすべて収納して防水性を高めた最新鋭機は、製作者の松本宇音さんの美意識も反映させたんだとか。

いざ発進したクライマーは、前回に劣らない速さで、大きく弧を描くテザーを着実な勢いで上昇しましたが、ある程度昇ったら機体から煙が。どうやら駆動部が空転している模様。前回、ほかの出場者を絶句させたスピードを見せただけに多くの人が注目しましたが、惜しいかな最高100m程度でスタック。前回よりも高みを目指しましたが、八つの駆動輪のうち七つが故障し、残念な結果となりました。

競技と並行して、大会の競技条件が様々な実験にも利用されました。「日東通信」は昨年に引き続き、通信機器をバルーンに取り付け、会場に通信網を確立。またケンブリッジ大の大学院生が風速計や張力計を取り付けたりと、技術の広がりを見せる場面もありました。将来、宇宙エレベーターが実現した時には、高高度の条件を利用した通信や実験、観測などが行われると期待されています。

バルーソに取り付けられた通信機器 地上での通信設備
▲バルーソに取り付けられた通信機器 ▲地上での通信設備

4.トラブル続きの競技

大破した「サジタリウス」
▲大破した「サジタリウス」

競技中のトラブルは多く、神奈川大学入江研究室は5日目、降下時にブレーキが利かずに地上のワインダー手前に設置されたバンパー(衝撃力吸収装置)に衝突して大破。さらに、初参戦の東工大と慶応大合同チームの「CuBoid」がロープ状テザーを空転で損傷させるなどのトラブルもあり、このほかのチームもなかなか好条件で競技を進められませんでした。

このような状況で迎えた最終日の終盤、これまでで最高の約700mまでバルーンの高度が上がりましたが、陽が傾きつつあり、残された時間も限られ、「高度を上げても、今年は全行程を満足にクリアできるチームは出ないかも…」と焦燥感を感じていた頃でした。

ところが、ここでベルトにトライした神奈川工科大の「BBQ」が快進撃。チームの学生たちは衰えぬやる気をみなぎらせて機体を素早く取付けスタートさせると、決して派手な急上昇ではないものの、確実にしっかりとテザーを昇って行きます。

「BBQ」の帰還に拍手する参加者たち
▲「BBQ」の帰還に拍手する参加者たち

700mを無事に昇り切りましたが、上がってから、再び地上に戻ってこれなければエレベーターとは言えません。同大のクライマーは上昇後に自動でゴールを検知して停止、その後の降下後退もスムーズ。駆動輪の滑りを検出して速度調整を行い、確実に昇る機能を持たせ、「昇降スピードにこだわらず、安全性を制御して確実に昇降する」というコンセプトを証明しました。機体が無傷で回収されると、地上で待ちかまえていたスタッフやほかの参加者たちの間から拍手が沸き起こりました。

チーム奥澤の「momonGa-4。」に取り付けられたスマートフォン
▲チーム奥澤の「momonGa-4。」に
 取り付けられたスマートフォン

続く神奈川大江上研Dも、同性能・形状のユニットを連結させてエネルギー効率を上げ、加速性を増したという「KSC-V改」で600mにチャレンジし、高い機械音を上げて上昇。その後、結構な勢いで降下してきたものの、スタート地点のバンパー手前でピタリと停止。安定走行を成し遂げ、会場から賞賛を浴び、終盤で競技の雰囲気を好転させてくれました。

こうした堅実な成績を残したチームに加え、今回はユニークな機体も目立ちました。初回から参加し続けている社会人有志による「チーム奥澤」は、多機能型の「momonGa-4」で参戦。これまでの参加経験を生かした設計で、実に8.5kgのペイロードを積載し、GPSやジャイロ、加速度センサー、温度湿度と気圧計なども装備していて、機体制御はAndroidのタブレットでセッティング。宇宙エレベーター実現に必要な「作業用クライマー」のモデルと言えます。

5. 今後へ向けて

作業場でクライマーの出来に見入る参加者
▲作業場でクライマーの出来に見入る参加者

今年の大会を振り返ると、常連チームが経験を性能に生かしたモデルを開発・進化させたほか、各チームが雲の中に入ることを想定して防水性を高めたり、駆動部の制御に独自のアイデアを盛り込むなど、クライマーの性能面では百花繚乱の様を見せ、まさに進化の枝分かれ期にあるといえます。こうした多方向のモデル開発の中から、試行錯誤の結果より良い形式のものが淘汰を勝ち残り、いつか本物の宇宙エレベーターの技術に生かされる日が来るかもしれません。

一方、競技条件は多くの課題が残されました。初日は直径7mの大型バルーンを掲揚できず終了。その後も時間帯にもよるものの、高度が増すほど風の影響を受け、競技可能な状態になるまでの待ち時間が長く、スタート後もたびたび中断しました。

バルーンには、緊急時にガスを抜くための火薬を装備していましたが、4日目の午後、高度350m付近で競技中に3個あるバルーンのうちの1個の起爆装置が誤作動した結果、ヘリウムが漏れて想定外の場所に墜落。バルーン収容に数時間がかかってこの日の競技は中断。最終日は応急修理して、無事なバルーンと共に最大700m強と、大会史上最高の高度で競技を実施しましたが、結局目標としていた1200mの掲揚は叶いませんでした。

起爆装置の誤作動で落下するバルーン
▲起爆装置の誤作動で落下するバルーン

大野会長は大会を振り返って「テザーがクライマーの進化に対し遅れているのが解った。大会レベルがもはやアマチュアのボランティアだけで運営出来るレベルを超えているので、今後はより専門家の知識を集約して垂直テザーシステムを構築する研究を進めたい」と話し、課題と対策の見直しに注力するとしました。

しかしながら、こうしたトラブルも、すべては新しいことに挑戦しているがゆえの壁だと、私たちJSEAは考えています。私たちは、誰も見たことのない宇宙エレベーターの実現を目指して、未知の技術を開拓しようと、すべてを手探りでやってきました。そういった意味では、今回の大会は、本格的に学術性の高い大会へ昇華する分岐点になるかも知れません。

なお、JSETEC2012の競技結果は、まとまり次第、宇宙エレベーター協会公式ホームページで発表予定です。

<記事共同執筆者>
一般社団法人 宇宙エレベーター協会
コアメンバー/読売新聞記者 斎藤茂郎