ズームアップインタビュー地域を熟知する地元建設業界からの防災提案を~東日本大震災の影響と静岡県の今後の対応~ 静岡県危機管理部 危機管理監 小林佐登志様にインタビュー

 東日本大震災による被害は、いまだに確定できないほどの大きなものでした。その影響は静岡県にも広がっています。本県は東海、東南海、南海という3つの地震が連動した巨大地震の発生が予測されていますから、対岸の火事などということはありえません。震災の悲しみを超えて、わたしたちは、今回の教訓を活かしていかなければなりません。そこで、静岡県危機管理部の小林佐登志危機管理監に、大震災の影響や、今後の本県の取り組みの方向などについてお話しを伺いました。聞き手は、石井源一担当常任理事、総務広報委員会の原廣太郎委員長、三尾祐一委員、永友秀和県建協参事補、名倉啓司特別委員。

会長・小林佐登志県危機管理監
▲小林佐登志県危機管理監
委員
▲右から、石井源一 担当常任理事、
総務広報委員会 原廣太郎委員長、三尾祐一委員

「浜岡原発停止―エネルギー政策の転換必要に」

―東日本大震災による影響をどのようにお考えですか。


福島原子力発電所の事故の影響により全国で電力不足が懸念されており、特に産業界への影響は大きなものになるとみられます。消費電力が大きく、コスト競争に常にさらされている産業界では、安定した電力をいかに安く調達するかというのが死活問題です。太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーへの転換が求められていますし、家庭用の太陽光発電などが普及してきています。そうした新エネルギーは、現段階では、産業用に利用するにはコストも質も原子力にかないません。国際的な競争に打ち勝つため、企業が生産施設を海外に移転してしまう可能性もあります。そのため、こうした影響も考慮したエネルギー政策が必要になっています。


「津波対策検討会議を設置―ソフト・ハード両面の対策の検討を開始」

―静岡県として今後どのような対策を講じていくのでしょうか。


静岡県は4月、「静岡県津波対策検討会議」(会長・小林佐登志県危機管理監)を設置し、ハードとソフトの両面の対策の検討を沿岸の市町と共に開始するとともに、例年7月に行っている津波避難訓練を5月に前倒しして実施しました。この結果を踏まえて、ハード・ソフト両面の課題と緊急性をまとめ、具体的な取り組みにつなげていこうと考えています。


 避難訓練では、避難路の安全性や避難地の確保、避難施設に5分以内に到達できないことなどが課題として分かりました。

また、わたし自身が県西部から東部にかけての海岸線を歩き、ハード面の取り組みも確認しましたが、東海地震を想定して防波堤・防潮堤や陸閘(こう)、水門などを長い期間かけて整備してきたため、対策が必要な海岸の約9割で事業が完了していました。

しかし、それでも港や河口などで約1割の対策が残されており、早急な対応が必要になっています。そこで、まず、急傾斜地や水門などへの緊急避難階段や、県立高校への屋外階段整備、社会福祉施設への自家発電機整備助成金などを6月補正予算に計上しました。

さらに、国の中央防災会議が、東海・東南海・南海の三つの地震が連動して発生することを想定した検討を行い、揺れの大きさや津波の高さ、被害想定などを今秋にまとめる予定のため、この結果を踏まえて、現在の県の第3次被害想定を見直します。

そのためにも、東日本大震災と大津波を引き起こした地殻の構造と、東海・東南海・南海の3連動地震を起こすとされる駿河トラフと南海トラフの地殻の構造を比較し、どのような違いがあるのか、専門家による新たな知見をできるだけ早く明確にし、それをできるだけ早く的確に伝えてほしいと思っています。


≪平成23年5月21日緊急津波避難訓練(写真提供:静岡県)≫
ぼう僧川水門(磐田市)
▲ぼう僧川水門(磐田市)水門閉鎖状況
≪平成23年5月21日焼津漁港緊急津波避難訓練(写真提供:静岡県)≫
焼津漁港小川地区津波緊急待避施設避難状況
▲焼津漁港小川地区津波緊急待避施設避難状況
焼津漁港新港4号陸閘閉鎖状況
▲焼津漁港新港4号陸閘閉鎖状況

「まず第3次被害想定に基づく取り組みを着実に」

県では、第3次被害想定に基づき、東海地震が発生した際の県内沿岸の津波の高さを地図上に示した「津波浸水域図」を01年度に作成していますが、県民の多くがそのことを知らず、また東日本大震災の後では、01年度に想定した津波の高さに疑問を持つ人が多いでしょう。しかし、三陸で高さ15㍍の津波があったからと言って、県内の海岸線すべてに15㍍の津波を想定した対策を実施することは費用も含め現実的ではありません。想定される地震の規模や地殻、地質、海岸線の形状など科学的な根拠に基づいた想定と、それに基づいた対策が必要なのです。その意味でも、県としてはまず、科学的な根拠に基づいて考えられた現在の想定の中で、対応できていない対策を着実に進め、3連動地震の新たな想定に備えることが重要だと考えています。

例えば、伊豆半島の一部では、「観光資源としての眺望」が重視されているため、予想津波高よりも低い防潮堤しか整備できていない区域や、水門が整備できない区域があります。防潮堤がなく完全に「無防備」な地区さえあります。美しい景観に配慮することは重要ですが、「安全で美しい海」を県内外にアピールするためにも、最低限の津波対策を進める必要があります。


≪平成23年5月21日平沢東磯(沼津市)急傾斜地緊急津波避難訓練(写真提供:静岡県)≫
平沢東磯(沼津市急傾斜地)
▲江浦湾から国道414号を横断し避難階段へ
平沢東磯(沼津市)急傾斜地
▲避難状況

「東日本大震災を“自らの問題”ととらえるきっかけに」

―5月の訓練では、さらにどのような課題が見つかりましたか。


緊急津波避難訓練では、県民が“自分の問題”として津波対策を考えたことが最大の成果だったと思います。「東海地震がいつか起きる」と言われ続けたことで、最近の避難訓練では「行政から言われたから参加する」と受動的な取り組みになってきていましたが、今回は「避難経路に問題がある」「避難場所に行くまでに時間がかかる」と参加者がそれぞれ課題を確認する機会となりました。

地震が発生した場合の津波の高さや浸水する区域などは地域によって違います。当然、避難の経路や場所も地域ごとに違うわけですから、地域の住民がそれをきちんと認識することが被害を最小限に抑えることにつながっていくのです。地元の市町には、地域の住民が課題ととらえたことをどのように解決するか、ぜひ考えてほしいと思いますし、今回の震災はその大きなきっかけとなるはずです。

地域の住民同士が、そして地域の住民と地元市町が話し合い、「自らの命を守るために何が必要か」をまとめ、それを県が支援することが、限られた予算の中で、ソフト・ハード両面の対策を効果的・効率的に行っていくことになります。

「地元建設業の果たす役割増す」

―建設業界にどのようなことを期待されますか。


地域の問題を地域の住民が考えていくという流れの中で、建設業の皆さんの果たす役割がますます重要になってきます。

例えば、市街化の進んだ区域はコンクリートで覆われているため、雨が浸透せず水があふれてしまう個所があります。既存の施設を改良して水の流れを変え、内水のオーバーフローを防ぐような取り組みが考えられます。

建設業に携わる皆さんであれば、地域のこうした課題を把握し、適切な対応を提案することができるはずです。

防災対策に関するハード事業については、県が単独事業で補助金を用意しています。大規模地震対策等総合支援事業費補助金(地域総合防災推進事業)として、最大で事業費の2分の1を補助します。2011年度は補正予算も含め約23億円を計上しており、地域の住民や市町と相談しながら、建設業界から活用を働き掛けてほしいと思います。

震災だけでなく、自然災害の復旧でも「いざ」という時に人や資機材を投入して実際の活動を展開しているのは地元の建設業の皆さんです。そのため県はいま、地域の自主防災組織に建設業の事業所と防災協定を結ぶよう呼び掛けています。行政が発災後すぐに駆け付けられない場合、地域で助け合う仕組みを構築しておくことが重要だからです。


▲インタビューの様子

「いかに避難所生活を避けるか―引き続き住宅の耐震化に重点」

―津波被害に注目しがちですか、やはり耐震対策が依然大きな課題だと思いますが。


東日本大震災では、震災後3カ月以上経過した段階で、10万人もの人が避難所で暮らしていましたが、これは異常な事態だと思います。昔からの地域コミュニティーが残っている地域の人だから我慢して生活をされていますが、都市化された地域の住民は長い避難所生活に耐えられないでしょう。避難所で生活しなくてもすむような耐震性のある住宅の建設が必要なのです。

県内には、65歳以上の世帯主が暮らす旧耐震基準の住宅が15~16万戸あると推定されています。プロジェクト「TOUKAI-0」として木造住宅の耐震対策を引き続き重点的に進める一方、建て替えや耐震化に対応できない高齢者については県営住宅などに誘導する施策も必要になるでしょう。

また、すでに一部で始まっていますが、建築士や応急危険度判定士などの資格を持つ専門家の皆さんに、地元の市町と協力して個別に住宅を訪問し、耐震性を確認する取り組みを進めてほしいと考えています。

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